言葉に変えられないんです!!

感覚を扱う仕事についている人。

その感覚をクライアントに通訳する立場の人。


そんな人たちが

『言葉に変えるのが苦手なんです。』


平気で言ってしまう人達。。。




自分は他の人たちとは違う。


そんなことをどこかで思っているから、

そんな言い訳が平気で出来てしまうのかと思うな。




そのような人たちの話を聞いていると


仕事について考える時

対峙する相手がクライエントではなく

自分自身になっているということ。



向けなきゃいけないベクトルがおかしい。

だからクライエントに集中できない。




プロとしてやっているのに


スランプで。。。

トラウマが。。。

ブロックが。。。


なんてことを言って繰り返す。


そんな状態から抜け出られなかったら

言葉に変えられなくて当然です。



意識があっちゃこっちゃ向いているんだから。。。


まとめられないでしょ!?



どんなに文章力があっても

目次が決まらなければスマートにはかけないと思います。




会社の新たな商品イメージをプレゼンしてください!!

新しいプラン企画書にまとめてください!!

事業計画立てて説明してください。


ってのと、


スピリチュアルな

イマジネーションの世界うを説明するのって

変わらないと思うのです。


ここ分離できちゃうって事が

問題なのかと。。。




現実社会で上手くできない人間は

現実逃避する人もいるでしょ!?


高次でも同じで、

智慧から逃避して

妄想に浸っているだけなんだと思うな。



ちゃんと智慧にアクセスできてたら、

現実と対峙させられると思うんだよね。


どこで何をして生きようと

自分ワールドを作ることを教えてくれる。



個性のまま生きることの大事さ

そのままの自分でいることの幸せを気づかされる。



普通の社会生活の中に

高次の智慧と瓜二つのものが存在するのだと。


ここに気がつけば、

あっちもこっちもないって事。



あえて繋がるなんて行為を特別にしなくて良い。

そのままであることが全てになるから。



目に映ろうが、

目を閉じ視えようが


捉え方は一緒なんだよね。



社会生活でも対峙するときって

思いをどんな方法でも伝えなければならないわけ。



それが言葉だけって事ではないんだよね。


身体だったり

作品だったりもするんだと思う。



素直に思いを届けることが普段からちゃんと出来ていれば、


目を閉じ視える世界も

ちゃんと伝えることが出来るはずなの。



現実では出来ているけど。。。


そこに分離が生じているのであれば、


それは全然自分自身を見れていない。

誰かと比べ、誰かになり変わろうとしている証拠。


なんじゃないかな。。。



これができないから。。。

あれが出来たらきっと。。。


こういった考え事態が現実を見てない。

自分自身の足元見えてない。


妄想的考え。



理想は大事だけど

理想に支配されないことだよね。



ちゃんと自身の事実を見て受け止める時

妄想を超え動じない自分が生まれる。


自他共に説得力のある自分になる。



そうなった時初めて

なんに対しても対峙出来る自分に

なるんじゃないかしらね~♪



対峙してたら、

言い訳は絶対に超えられる!!



出来なかった事にチャレンジすることの楽しさ

努力し変化・習得していく自分が

楽しくて仕方がないんだと思うな~



誰しも能力は無限大なのですから☆


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