大きな不安は小さな視点
不安であることを訴え続ける時
物事の前後を受け止められず
相手などと、自身との相違は見ず
可能性ある別ストーリーに目は向けない
そういった物が完全に無視な時に起こっているのだと思う。
簡単に言えば執着と観念との雁字搦めにしていると言える。
こうなると
自分自身の主張が先で
状況を飲み込むだけの余裕がないことにすら
気づくことができないのだ。
でもね、
悩んでいる時の思考回路って
こんな事は当たり前なんですよね。。。
しかし、
その当たり前からいつ抜けるのですか??
ここに着目し自問できることが
その流れから抜け出せる
唯一の呪文なのです。
主張がとまらない時、
私は悪くない。
私が正しい。
などの想いが強すぎてしまう。
もしくは
相手に対する否定感。
なんで??という疑問と共に、
自分の観念を押しつけていることに気づくことができていない。
ここに気づく事が出いると、
主張したい自分もいなくなれば、
状況を飲み込みながら
人生に新たなストーリーを描き
進むことは簡単になるのだ。
この時視点は大きくなり、
可能性に目を向ける事で
気持ち豊かにすることができるのです。
この様態に切り替わった時点で
不安??
なんのことでしたっけ!?
のど元過ぎれば。。。
ってのと一緒な感じですかね。
瞑想って
不安から可能性に目を向ける切り替えを
スムーズにしてくれんですよね。
瞑想後ってビックリするぐらい
ネガティブな記憶が整理整頓される。
あれ??
そんな事言ってたっけ!?
ってなぐらいに
短いスパンで執着心が軽減される。
これ瞑想の大きな特徴な一つだと思うな。
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